彼女のお父さんから結婚を許可するとの連絡が入ったあとは、これまでとは逆で、私がせかされる立場となりました。先方の依頼は年内に式をあげてほしいとの希望でした。
6月から研修医としてすでに数ヶ月経過していましたので、年内ということはあと数ヶ月しか残されていません。現実的に年内に式まで行うことは不可能でした。そのことを伝えると、少なくとも結納だけは年内に済ませてほしいとの返事が返ってきました。式に関しては、その後に決めてもらえばよいとのことでした。
たとえ、極めて多忙な研修医の立場でも、結納を収めるためであれば大義名分が立ちますので、まるまる1日の休みをとることくらいであれば可能でした。当時わたしは同期入局者がいなかったので、交代要員がいませんでした。その分、先輩先生方に大変かわいがられていて、まかしてくださる仕事量も極めて多く、外勤もたくさん譲ってくださっていたので、ほぼ毎日当直しているような状態でした。
追われるように病棟外来手術室と駆け巡る自分の姿に少し酔いながら、医師として働くことのできる喜びを感じる日々の中で、彼女との結婚は当時の私にとって大きな期待ではなく長い航海に出る前のような気持ちに近く、二人だけの春とは程遠いような予感がしていました。
嵐の後の静けさに気持ちは落ち着くものの、風向きは北に傾き始め、半袖ケーシーの二の腕には涼しい風を感じる季節になっていました。
（つづく）
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