形成外科と聞いても、あまりどんな診療科かピンと来ない方も多いのではないでしょうか?形成外科という診療科は、主に皮膚の表面を扱う外科になりますが、そのスキルは多岐にわたります。
そこで今回は、形成外科医のスキルが美容医療にどのように活かされているかをご紹介します。形成外科と整形外科の違いや私自身が形成外科医になった理由なども合わせて紹介していきますので、ぜひ形成外科の受診を迷っている方は最後までお読みになってください。
形成外科医の仕事とスキル
美容医療には、皮膚科や美容皮膚科、美容整形外科などの様々な診療科が診療に携わっています。
私たち形成外科医も美容医療を患者様に提供しています。そして、美容医療を提供している中で、患者様から「形成外科医に相談して良かった」と思っていただける機会が多々あります。
形成外科医の細かな技術力と豊富な経験
それは美容医療の現場において、私たち形成外科医のスキルが活かされる場面が多々あることが理由のひとつです。
他にも形成外科医としての専門性があるからこそできる難しい処置や治療なども多く存在しているのも、形成外科医が美容医療に貢献している理由の1つです。
手前味噌な話になりますが、私たち形成外科医は細かい手術や処置を行います。
そのため、形成外科医には器用な医師が多い印象です。
美容医療が進歩するにつれて、実際に複雑で細かい手術を繰り返し行うことで今の技術が培われてきたことも背景にあります。注射ひとつにしても、長年培われてきた技術により、安全に配慮しながら処置を行うことができます。
治療的な手術経験が豊富である
具体的な話を例に挙げて説明します。
例えば、ヒアルロン酸注射を打つ場合には、副作用のリスクが高い「顔面動脈(がんめんどうみゃく)」、「眼角動脈(がんかくどうみゃく)」「眼窩下神経(がんかかしんけい)」と「眼窩下動脈(がんかかどうみゃく)」、「滑車上神経(かっしゃじょうしんけい)」「」などがあり、注意が必要です。
しかし、形成外科医は、日頃から顔面骨骨折(がんめんこつこっせつ)など手術の際に、神経や動静脈がどこにあるのか位置を把握しながら処置を行っています。また、顔の輪郭を修正するような手術の際にも、同様に動静脈などに傷をつけないような技術を身につけています。
このような安全面に配慮した高度なスキルは、研修医の時代から教育を受けてきた経験の賜物です。そのため、ヒアルロン酸注射のように比較的安全な治療でも、動静脈などを傷つけないように一層配慮しながら治療を行うことができます。
機械を用いた治療も同じです。熱を届ける深さや脂肪の厚み、動静脈や神経などの位置を把握していますので、レーザー治療、高周波治療、超音波治療において、より安全に配慮しながら治療を行うことが可能です。
もちろん形成外科以外の医師も安全な手術を心がけているとは思いますが、私たち形成外科医は医師になった時点で外科的な教育を受けて技術を培っているため、高い精度で安全性に配慮した治療が行えると自負しています。
形成外科医の専門性について
今回はあまり詳しく知られていない形成外科医について、どのような専門家なのかを他の診療科と比較しながらご紹介していきます。
形成外科・整形外科・美容外科の位置付けについて
形成外科は、「整形外科」とよく間違われがちです。みなさんも混同されているかもしれません。
どうしてよく間違われるのかと言いますと、1つは「美容外科」が昔、「美容整形」と呼ばれていたことが原因だと思われます。
本来は形成外科の範囲の中に「美容外科」は含まれていますが、昔は「美容整形」と呼ばれていたので、「美容整形」と「整形外科」と「形成外科」がごちゃ混ぜになってしまったのではないかと考えられます。
ここでハッキリと覚えてもらうために正確な位置付けを紹介します。
「形成外科」と「整形外科」と「美容外科」は別の診療科で、正確には「美容外科」は形成外科に含まれます。そのため、「整形外科」には「美容外科」は含まれません。
なお、中国では「美容外科」が少しややこしい位置付けになっています。中国では「美容外科」が「整形外科」と呼ばれ、同じ名称、同じ漢字が使われています。それも日本における混乱の原因のひとつになっていたかもしれません。
繰り返しますが、正しくは「形成外科」と「整形外科」「美容外科」は別の診療科です。
形成外科と整形外科の違いについて
形成外科と整形外科はどのように違うのか、もう少し詳しくご説明します。形成外科は、皮膚表面・顔・手・熱傷など見た目の外科的治療、全身を含めた美容外科をすべて合わせた形成外科の専門分野になります。
一方で、整形外科は皆さんもご存知のとおり、ざっくり言うと骨・筋肉を対象とする外科です。中国では整形外科は骨科(こつか)と呼ばれています。
どちらかと言うと整形外科はファンクション(機能)を改善させることが専門になります。
骨折して動かなくなった腕や脚などの治療、外傷などで不自由になった時のリハビリテーションで機能回復など、ファンクション(機能)を治療していくのが整形外科の大きな役割と覚えていただくとわかりやすいかと思います。
一方で、私たち形成外科は、骨や筋肉など内側の機能構造ではなく、見た目(表面部分)が主な治療部位となります。手は形成外科も整形外科もどちらも治療する部位です。
形成外科は「見た目」、整形外科は「機能(ファンクション)」と覚えてもらえばよいと思います。
例えとして正しいかはわかりませんが、家を建てることを例に挙げると、以下のようなイメージです。
整形外科は、「大工」。
形成外科は、「左官屋(建物の外装の仕上げを行う)」。
いかがでしょうか?少し違いがイメージできるようになったのではないでしょうか。
形成外科は「外科医の中の外科医」
形成外科として誇りに思っているのが、ある形成外科医をあらわした表現です。
アメリカでは形成外科医のことを、「Surgeon of Surgeons」(surgeon:外科医)と表し、「外科医の中の外科医」と呼ばれています。
アメリカの医学部の制度は日本とは異なっており、以下のようなステップを踏みます。
一般大学 ➡︎ 医学部 ➡︎ 研修医(レジンデント) ➡︎ 専門分野
まずは一般的な分野(法学部など)を卒業し、その後、医学部に入学します。
医学部を卒業して研修医時代をおえたのち、各専門分野(外科・内科など)の道に分かれます。
そこで専門分野を習得し、その後晴れて形成外科医になれるのです。
一般外科を習得してから、形成外科にやっとなれることもあり、先ほど申し上げたように「Surgeon of Surgeons」(外科医の中の外科医)と呼ばれているのです。
さらにこの中から美容外科医が誕生する流れになっています。
日本では、このような流れにはなっていませんが、私たち形成外科医は常に「Surgeon of Surgeons」(外科医の中の外科医)のつもりで日々精進しています。
形成外科医のスキルと美容医療の関係
ここからは形成外科医の技術・スキルがどのように美容医療に関係しているのかを詳しく紹介していきます。
形成外科医のスキルで重要なのは、まずは安全性に関する技術です。
以下のように神経、動静脈の位置などを把握し、知識も豊富であることが形成外科の強みです。
● どこに神経があって
● どこに動静脈があって
● どこまで組織を剥がしていいのか
● どこまで触れて大丈夫か
● どこに注射すべきか
● どれだけの分量を注射できるのか
それ以外にも、技術のレベルの高さがあります。
繰り返し手術の訓練を受けているので、以下のような安定した技術で手術を行うことができます。
● 正確な位置・場所に
● 適切な量を
● 同じ場所に同じ量で
確かな技術に支えられた安定性があると考えています。
もちろん、形成外科医ではない医師においても同様のことが言えると思いますが、その中でも、形成外科医は特に表面部分に関する手術を専門としているため、安定した技術を発揮できると考えています。
もちろん、「Surgeon of Surgeons」(外科医の中の外科医)だからと言って自惚れることなく、常に技術、知識の研鑽をつづけています。
やはり医学以外でも一緒ですが、「ここで十分」と思ったら技術の進歩はありません。
現在は、たくさんの情報・最新の技術が日々アップデートされていますので、常にアンテナをはって、技術や知識を吸収するように努めています。
もちろん、それには安全第一であることを忘れないようにしつつ、より良い美容医療を提供できるよう努力をつづけていく気持ちです。
今は人生100年時代を迎えていますので、美容医療が皆さんの生活の質(QOL:クオリティ・オブ・ライフ)を高められるよう少しでもお役に立てられたらと思っています。
そのために絶えずより良い美容医療を提供していきたいと思います。
どうして形成外科医を選んだのか
ここからは私がどうして形成外科医の道を選んだのかを簡単にお話していきます。
もう30年以上も前の話になりますが、話は私が医学生の頃のポリクリの時までさかのぼります。
ポリクリとは大学内の内科・外科などの各診療科を臨床実習として回っていくことです。
いろいろな診療科で順番に臨床実習を行っていくのですが、私の母校には形成外科がありませんでした。
そのため、形成外科は大学外の関連病院に臨床実習に行きました。
その時に偶然出会った関連病院の形成外科での経験が形成外科医になる決め手となったのです。
形成外科との運命の出会い
その形成外科で目の当たりにした処置・治療の内容は多岐にわたっていました。
外傷や火傷の患者が運ばれてきた時に形成外科医が綺麗に外傷を手術していたこと、さらには扱う範囲が広いことに驚き、その頃の私にとっては形成外科医がとても華やかなポジションに見えました。
もちろん、他の診療科が地味だったわけではありませんが、あくまで当時の私にとっては形成外科という分野が華やかにうつりました。
その時に、当時はまだまだマイナーだった形成外科が花形に見えただけでなく、将来的に技術の面でもますます発展を遂げる期待される分野だと確信し、形成外科医になる道を選びました。
形成外科医になった当初は、覚えること、身につける技術が多く、とても苦労しました。
もちろん、これは他の診療科でも同じことだと思います。
形成外科医の場合には、顔の外傷、皮膚表面の外科、火傷、全身管理、美容外科など、幅広い知識を学ぶ必要がありましたが、現在はこれらの知識やスキルが今の美容医療に役立っているのでまったく後悔はしていません。
形成外科医としての美容医療ポリシー
最後は、形成外科医が美容医療をするにあたって心がけていることを簡単にお話ししていきます。私は、まず形成外科の研修医の時に以下のような言葉を教えられました。
「明日できることは今日するな」
普通は逆だと思います。
子供の教育などでは「今日できることを明日に伸ばすな」「今日できることは今日やれ」だと思います。
ましてや「明日できることを今日するな」とは言いません。
しかし、私たち形成外科医の教えは逆だったのです。
「明日できることは今日するな」
これはどういう教えかと言いますと、1つは「焦らないことが大事」という意味です。
患者様つまり人間には、もともと本来備わっている自然治癒力があります。
皮膚や肌などが自然に綺麗になる可能性があるのに、逆に手術をすることによって傷が悪くなってしまうことは避けなくてはなりません。
待っていれば治ったかもしれない傷を、あわてて処置をしてしまうことによって悪化させてしまうことがあってはならないのです。
それが「明日できることは今日するな」という教えにつながるのです。
形成外科医は、決してあわてないこと、待つことが大事だと心がけています。
ですので美容医療の現場でも患者様がどうしようか悩んでいたら、まずは焦らずにゆっくりと考えることをおすすめします。それに、美容医療に関しては、命にかかわることはほとんどありません。
まずは慌てず焦らずに、ゆっくり考えてから治療の方向性を決めていくようにすすめています。
副作用、副反応が起きた時にも同じように対応するように心がけています。
急いで処置するのではなく、まずは症状や状態をしっかりと見極めるようにしています。逆に悪化してしまうような処置をするのではなく落ち着いた対応を心がけています。
もちろん、緊急の処置を必要とする副作用には躊躇することなく治療を速やかに開始いたします。
形成外科はそのため、「時間の外科」とも呼ばれています。
時間を意識したうえで、治療を行うことがとても重要です。
やり過ぎないことも形成外科医の腕の見せ所
もう1つ、美容医療を行う上で形成外科医が気をつけていることがあります。
それは、「治療をやり過ぎないこと」です。
一般的な内科や外科の治療で「やり過ぎる」ということは少ないかもしれませんが、形成外科においては治療を「やり過ぎる」ということが起こり得ます。
そして、特に美容医療において「やり過ぎ」は良くありません。どちらかと言えば、足りないくらいの治療にとどめ、その後、患者様と相談しながら必要に応じて、治療を足していく方が失敗を防げます。それに過剰に治療をしてしまうと、副反応・副作用や術後の生活の不自由などのリスクが生じてしまいます。
わかりやすい例を挙げると、ボトックス注射です。
おでこのシワをとるためにボトックス注射を広い範囲に打つと、まぶたが重くなってしまうことがあります。
場合によっては数週間、この副作用はつづくことがあり、生活の質が落ちてしまいます。
これ以外にも、ヒアルロン酸注射などでは、分量が多過ぎると思っていた以上に肌が膨らんでしまったり、凸凹がでてしまったりすることもあるのです。
失敗しないためには、最初は少なめの分量からはじめることが大切です。
そして、後から分量を増やしていくことで、より安全な美容医療を受けることができると考えます。
先ほど紹介した心がけである「明日できることは今日するな」に通じることですが、後で増やせるのであれば、まずは少し足りないくらいの分量からはじめて、後から足していくという心がけが大事なのです。
日々の情報収集は抜かりなく
私たちは形成外科専門医として自惚れず、成長のため勉強に日々はげんでいます。
どういうことをしているかと言いますと、まずは学会です。
新型コロナの影響で、しばらくインターネットによるWEB学会が多かったのですが、最近では少しずつ学会も開催され現場にいけることが増えてきました。
もちろん、WEB学会でも、医師たちの発表や討論を聞いたり見たりすることはできまが、学会のように直接、医師たちから情報を聞けるのは貴重な経験です。学会に足を運び、現場で体験することが大事だと私は考えています。
そのため、新型コロナが落ち着けば、学会での活動を今後さらに増やしていけたらなと思っています。
また、近年はインターネットの普及により、病院やクリニックのホームページなどでいろいろな医学的な情報を目にすることができます。
腕に自信のある医師の動画や画像なども参考して、勉強を重ねています。とくに、クリニックのビフォーアフターなどの比較写真などは大変参考になっています。例えば、自分が興味をもった処置などについては可能な限り、医師本人に問い合わせて情報収集することもあります。
もちろん、その際に医師の年齢は関係ありません。上でも下でも関係なく積極的に情報収集を行うことで、さまざまな角度の情報を手に入れるように心がけています。
形成外科医にかぎらず、医師は生涯を通じて勉強することが身に染みついています。
満足することなく、常に進化を続けてこそ本来の医師のあるべき姿ではないでしょうか。
私は今後も安全で確実な美容医療を提供できるよう研鑽をつづけていくつもりです。