私は、
卒業後の進路は
形成外科と
決めてきました。
母校の福井医科大学
には形成外科がなく
大阪の近畿大学
医学部形成外科に
入局のお許しを
いただいていました。
医師国家試験は、
金沢での受験でした。
受験が済むと
もう福井を
離れなければ
なりません。
Tさんの粘り強い
交渉にもかかわらず、
彼女のお父さんの
気持ちは、
変わることは
ありませんでした。
とうとう、
彼女とのお別れの
日がやってきました。
福井での、
春の訪れは
毎年毎年
新鮮です。
冬の深い雪が
融けると同時に
いっせいに
緑が土から
顔をだします。
しかし、6度目の
福井の春には
すがすがしさはなく
膨らみ始めた
桜のつぼみを見ても
心が弾むことは
ありませんでした。
大阪を出るときは
望郷に涙しましたが
大阪に帰ることを、
決めたのは
自分自身なのに
福井を去るときは
これも運命なのかと
涙しました。
一人の女性のために
自分の人生を
変えることができない
自分を責めました。
彼女は、
迎えに来てくださいとも、
言いませんでした。
待っていますとも、
言いませんでした。
私も、
必ず迎えに来るとも、
言いませんでした。
約束ができない
不甲斐なさだけを
残して
彼女と別れました。
しかし、
春を告げる風は
かすかに暖かさを
含んでいました。
別れの挨拶をかわす
私たち二人の傍らに、
一人だけ笑顔で
私を送り出してくれた
人がいました。
（つづく）
Tweet

ここを↓クリックしていただければ、はげみになります。よろしくお願い申し上げます。